謝りゃいいってもんじゃない 連日の謝罪会見に見るカッコ悪いオトナ達

連日の謝罪・・・もういいっしょ

 

食品偽装(誤表示w)・・・ もうお腹イッパイの感があります。たらふく飲んだ後に寿司屋に連れて行かれる様な気分。まだまだ続く?いや多分続くでしょう。というか、結構な割合で全国的に偽装してるのに、もう皆気付ちゃってるんじゃないでしょうか?

 

取り敢えず誰かよく分からない「偉い人」が出てきて、よく分からない「謝罪」をする。そこにカメラのフラッシュがバババババッ。子供が眩暈を起こす様な場面は全国放送で流すべきじゃないです。

 

 

7500万円分植毛したの?

 

って小見出し書きましたが・・・・ まあ、もういいやって感じです。

 

「問題の本質はそこじゃないでしょ?」って事です。

 

たまたま一昨日、家を出る前に「とくダネ」でこの話が出てたので思い出しました。よりによって「とくダネ」です。(これ以上は自粛します)

 

ただ、「無知だった」事を前面に押し出して、21世紀のこのご時世に「泣き落とし」を見せられてもねぇ、って思いましたが、「偉い人」たちの会見も似たようなもんかと一人納得してました。

  

 

そこに悪意はあったのか?

 

一連の騒動(偽装問題や脱税に関して。「みのもんた」はちょっと違う)で本質的に問うべきは、「そこに悪意はあったのか?」です。

 

アンチャンなら「そこに愛はあるのかい?」って聞く筈です。

 

要は、「悪いと分かってやってたのか?」ということと、「バレなきゃいいやと思ってたのか?」という事です。

 

恐らく当事者には「悪」の意識はないのでしょう。だから、あの様な会見になるのです。昨日の三木谷さんなんかアカラサマでしたね。響・長友の「すみませんでした!」かと思いました。

 

「うるせーな、皆やってんだろうが、取り敢えず謝っとくか」

 

という雰囲気が感じられる所が、全ての不快感の源になっていると思うのは私だけじゃない筈です。

 

「私らが悪いんであって、社員は悪くありませんから!」と号泣した山一證券社長の会見は心打つものがありました。それ以来、この会見以上に心を打つ会見は観た事がありません。

 

 

カッコいい大人になろう

 

はっきり言って、こんなカッコ悪いオトナ達を観た子供達が何を感じるのか、心配です。オトナの世界ってこんなモンなのかな、って不毛な学習をしながら成長してほしくはないです。

 

タコツボ化した組織では、全てが「正義」です。閉鎖された空間の中で、みんな善かれと思ってやってる事です。

 

しかし、それを世間様の基準で観てみると、オカシナ事ばかりです。

 

そこに何が必要なのか?

 

それは、自分の「正義の軸」を養っていく事です。

 

一言で片付けてますが、難しい事です。

それには経験と知識と広い視野が必要かもしれません。でも、たった一つの簡単な視点があります。

 

 

「親や子供に自慢できないような仕事はしない」

 

 

たった、それだけの事です。

 

 

親や子供に胸張って、「自分のやってる事がどれだけ世の役に立ってるのか」を自慢できるような仕事をしていきましょう。

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