夢があるのはいいけれど、多くの夢は計画すれば夢じゃなくなる

フーン

 

From 齋藤雄三

博多のオフィスより

 

すみません。もう一回、この書き出し使います(笑)そのうち、定番化するようなしないような。でもアリかなとも思ってます。

 

今日は午後から健康診断なので、珍しく朝から事務所にいます。そしてもうすぐ水すら飲めなくなるので、取り敢えず今の内に水を沢山飲んでます。そして、この情報は今日のタイトルとは一切関係ありません。

 

 

私の夢は・・・

 

「今の若者は夢がない」とか、「夢を持とう!」とか、夢という言葉は多くの場面で使われています。ここ数年は「夢を叶えるセミナー」なんてのも多くなってきましたね。一度だけそれに近いセミナーに行ったことがありますが、二度と行かないと思います。雰囲気が嫌いです。そして、そこで語られる「夢」が、「それって夢?」って思ってしまう様なモノばかりだったので。

 

 

計画すればいいやん!

 

「それって夢?」って思うのは、「結構実現可能じゃない?」って感じてしまうからなんです。

 

例えばこんな事がありました。去年、カンボジアとベトナムに行く前に、銀行に両替に行った際の事です。両替をしてくれた担当の女性行員の方から、「どこへ行くんですか?」って聞かれました。「あ、カンボジアとベトナムに」って答えると、

 

「わぁ~、私、カンボジアに行ってアンコールワットに行くのが夢なんです!」

 

と楽しそうに言ってきました。まあ、コミュニケーションの一環として会話を弾ませようと思って言ってくれてるのかもしれませんが、大人げなく「夢って言わずに行けばいいやん」と応えてしまいました。でも率直な気持ちです。「You、行っちゃいなYO!」くらいナチュラルな気持ちです。

 

2月とかに行けば飛行機代も安いです。10万以下で往復可能です。現地で贅沢しなければ、15万あれば足ります。毎月1万ちょっと貯めれば1年後には行けるレベルです。

 

本気で行きたいなら、1年後に行くと決めて金を貯め始めればいいだけの事です。つまり「旅行の計画」を立てればいいだけの事。そんなモン夢でも何でもないです。

 

昔、ジェームス・スキナーが笑い話で言ってましたね。「アラスカにオーロラを観に行くのが夢だ」と言ってたセミナー参加者に、「それって幾らかかるの?」って聞いたら、「まあ30万位あれば・・・」と答えたという話。オチは、そのセミナーが50万とか80万のセミナーだったって事でした。セミナー来るくらいなら、その夢先に叶えとけばいいやん、と。

 

なので、あなたが「夢」だと思っている事の大半は、もしかしたら「計画」すれば道筋が見えるモノかもしれません。いや、多分、そうです。断言します。計画してみて下さい。

 

「計画しようってったって・・・」って反論がある様なモノでしたら、多分、それは「夢」です。すんなり道筋が見える様なモノは、夢とは違います。「何からどうやっていけばいいか皆目見当も付かない」という様なモノでしたら、それは本物の夢なんだと私は思います。

 

 

共感を得られるか?

 

そこで、もう一つ大切な見方があります。それが「その夢って、多くの人から共感を得られるようなもの?」って事です。

 

例えば、ウチの会社の夢は「社員全員でハワイ旅行に行く事」です。

 

 

 

って、ウソです。

 

そんな計画もないです。それに、行きたいなと思ったら、幾らかかるか調べて、何日行くかを決めて、その間会社を不在にしても大丈夫かという事を考えて、それが可能になる方法を考えます。

 

それに、今、「夢は皆でハワイ旅行に行く事です!」って聞いてどう思いました?

 

「勝手に行けば~」って思いません?そもそも、そんな夢を「応援したい」って思いましたか?思わないでしょ?

応援したいなんて思わないですよね。

 

そうなんです。共感が得られない様なモノって夢でも何でもないんです。ただの「我欲」です。だから、「どうぞご勝手に欲を満たして下さい」としか思えないんです。

 

でもね・・・こういう夢掲げてる会社って、結構多いんですよ。これじゃ応援されないです。

 

こういう事言うと、異論・反論ある事でしょう。「いいじゃん、そんな夢があったって」って思うかもしれません。その通り。あったっていいんですよ。でもね、それって夢じゃないと思う。計画できますもん。夢だって言ってる暇あったら、計画しなよって。いくらかかるか計算しなよって。それもしないで「夢」を語ってるのって、「夢を語る」事が目的になってしまってます。キッツイ言い方しますが、夢を語ってる自分に酔ってるだけ。「いつか俺はビッグになるぜ」って言ってるのと何ら変わらないです。

 

 

神様が「いいね!」を押すような夢を

 

もう今年も残り一ヶ月を切りました。年が明けたら、神社やお寺に初詣に行く事でしょう。そこで、色んなお願いをしますよね。Wikipediaで調べたら、2006年のデータですが、述べ9,373万人もの人が初詣に行かれてるそうです。(データの集計方法にかなり疑問はありますが・・)ただ、ざっくり言っても、仮に日本中の半分が行ったとして6千万人です。多い。神様、大忙しです。

 

大変ですよね。それだけのお願い事を聞く神様も。神様の立場に立ってみたら、「いや、そんなん、お前が頑張れ」って言いたくなるようなモノも沢山あるんじゃないでしょうか。「たった5円で、そんなに欲張るか?」って思う様なモノもあるかもしれません。もし神様がFacebook使ってたとしたら、「いいね!」も押さずにスルーするかもしれないです。

 

じゃ、神様が「いいね!」を押すような夢ってどんなんでしょう?

 

断っておきますが、これは私の持論なので、神様に聴いて来た話しても何でもないですよ。(当たり前w)でも、神様がいいねって言ってくれるような夢って、結構デカい夢だと思うんです。「オレが世界を変えます!」とか、「世界から貧困をなくします!」とか。

 

「ちょっ、ってか、お前それどうやってやんの?」って上の方でツッコんでるかもしれません。「いや~、俺、こういう無駄にデカい事言うヤツ嫌いじゃないわ~」と他の神様と談笑してるかもしれません。

 

「コメントすんのも面倒だから、取り敢えず“いいね!”位は押しとくか。まあ、頑張れよ」なんて言ってくれれば儲けもん。おめでとうございます。あなたの夢は神様に応援されました。

 

 

 

・・・・・。

 

 

ちょっと悪ふざけが過ぎた感がありますが、でもこんな感じで考えてみたらどうですか?

 

ここで、大事なのは、「夢」ってお願いするもんじゃないって事です。宣言するモノです。

 

私はある時それに気づいて、高校生くらいから「お願い」する事を止めました。応援してもらってるお礼と、頑張ります、という宣言をお伝えしに行く様にしています。不思議なもんです。紆余曲折あるものの、大体思ってた通りに道は拓けて行く。特定の信仰がある訳ではないですが、自分より大きな力に守られてるな、って感じる事はよくあります。なる様になってくれる。上手い事いく。

 

 

だから、何から手を付けていいか分かんない様な壮大な夢があるなら、取り敢えずそこに向かって進むと宣言してみて下さい。神様が「いいね!」を押してくれるような夢だったら、あなたの周りには沢山の応援してくれる人が、仲間が、既に手を差し伸べて、そして後押しをしてくれている筈です。

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