相関と因果の話 つまり、掃除したからと言って儲かる訳じゃない

掃除

 

From 齋藤雄三

自宅のリビングより

 

早く寝ればいいのに、そういや今週ずっと動いててブログ書いてないや、と気付いてしまったが最後、書きます。眠くなる気もするけど、書きます。家族が寝静まったリビングは、ある意味、一人の集中できる最高の空間だったりするのです。

 

 

「掃除したけど儲からないじゃないか!」

 

これ、ウソのようなホントの話です。何が?って、かなり前になりますが、ある経営者に言われた一言です。

 

前職のコンサル会社で開催したセミナーに参加された方の所へ、その後挨拶がてらお伺いした時の事です。開口一番、冒頭のセリフを発しました。

 

「はっ? 何言ってんの、この人」

 

はい、正直そう思いましたよ。掃除して儲かったら世話ないってね。

 

何でこの方がそんな事言ったかって?当時、前職の会社のセミナーで見せたビデオが原因なんですけどね。当時のクライアントさんで、掃除を徹底してされている会社があったんです。それをビデオにしてセミナーで流してたんですが、意図としては「こういう当たり前の事をまずちゃんと出来ないとダメっすよ」というノリで見せてたんだと思います。

 

でも、何を勘違いしたのか、冒頭の言葉を発した社長さん。

 

・儲かってる会社がある。

 ↓

・その会社は掃除を徹底してやってる。

 ↓

・だったら、掃除をしっかりやれば儲かるハズだ!

 

という発想で掃除をしたらしいです。普通に考えて、「いや、そりゃオカシイっしょ」って思いますよね。でもね、これに近い事って、あなたの身の回りでは日常茶飯事なんですよ。

 

それが、今日のタイトル、「相関と因果」の話です。

 

 

朝食をしっかり食べる子は勉強が出来る?

 

先に答え言います。

 

朝食食べたからって、勉強が出来る様にはなりません。

 

 

「朝食をちゃんと食べる」という事実と「成績の良さ」に相関関係があっただけで、それは因果関係、つまり

 

「朝食を食べる」 ⇒ だから 「学力が向上する」

 

という事にはなりません。

 

 

これが相関と因果の違いです。

 

相関とは、言い替えれば2つの事象に「関連性がある」という事を示しているだけであって、一方が原因でもう一方が結果であるという「因果関係」を証明するモノにはなりません。

 

朝食と学力の相関を考えるのであれば、「朝食」というたった一つの事象にフォーカスするのではなく、「毎朝ちゃんと朝食を食べるという事はどういうことだろう?」という、その生活背景まで洞察していかなければなりません。

 

この「紛いモノの法則」の欠点・穴は、「朝食を毎朝ちゃんと食べるという事は、生活のリズムがしっかりしていたり、親がそういう躾をしていたり、夜更かしせずに朝ゆとりを持って朝食を食べる時間に起きてるって事かもしれないよね」という程度の事すらカバーしてないという事です。他に学力に影響を与える変数を無視して、分かり易い事象だけピックアップしても、真実の姿は見えてきません。

 

 

ビジネス書のタイトルに騙されるな

 

ビジネス書のタイトルってのは、「朝食→学力」みたいな相関関係にしか過ぎないモノを、因果関係の様にキャッチ―な言葉に乗せて謳ってるモノが多い訳です。

 

「千円札を拾うな」と言ってた人の会社は潰れてしまいましたし、だったら千円着実に拾い続けてた方が良かったんじゃないかと思うんですが、そもそも千円が落ちてる所を見たことない私は、本のタイトルが何を言いたいのか意味不明だったので読んでませんが(笑)でも、これに似たようなタイトルって沢山ありますよね。

 

ただ、大体の場合、後付けで理論立てた(いや、そもそも理論になってないと思う)だけで、それはもはや理論ではなく、体験を整理しただけの話です。それを、本を売るために出版社がキャッチ―なタイトルに仕上げた。そして、そういう「分かり易い」成功法則的な表現の方が売れる(=飛びつく)ので、その流れは現在も脈々と続いているのです。

 

所謂「成功」の陰には、当然「運」もあります。そして、それ以外の多くの「変数」が影響しています。だから、たった一つや二つの事象や経験をピックアップして、「〇〇したから成功した」というのは、余りにも短絡過ぎて幼稚な発想です。

 

 

学者の理屈に合わせる必要なし

 

経済学者や、経営を専門に研究される学者さんは多くいらっしゃいます。ただ、その方々がその理論を実践して実際に商売されてたり、会社を経営されているのであればまだ救いはあるのですが、実の所、世に蔓延っている理論と言うのは、上手く行ったパターンを後付けで理論・体系立てたモノに過ぎません。

 

そして、それは難しい言葉のオンパレードでオブラートに包んでいるので、尤もらしく聞こえます。しかし過去、企業研究されて本にもされた会社の中で、今では既に存在してすらいない会社も少なくないという事実にどう向き合うのでしょうか。(ビジョナリーカンパニーは好きですが、この本で取り上げられた企業はその典型ですね)

 

成功パターンの研究というものの価値を全面的に否定する訳では有りません。それは、一つの事象を紐解き、要因分析する事で、その構造を解き明かす為には必要な作業でしょう。ただし、それが、どんな時でも再現可能かというと、そうは問屋が卸さないのです。

 

なぜなら、既にそれを解き明かした時には、時間が経過しています。時間が経過しているという事は、取り巻く環境も当然変わっている訳です。そして、実行する人間も違います。人間が違うという事は、その人の経験や知識、素質やモチベーション、様々な変数が影響してくるという事です。

 

だから、成功パターンを真似るだけでは上手く行きません。

 

だから、上手く行くまで何度もやり続ける必要があるのです。その時には「運」も味方に付ける必要があるでしょう。前職の社長に「運が良くなる生き方をしろ」と散々言われましたが、やっとそれがどういう事なのか、少しずつ分かり始めた様な気がします。運が悪い人は、間違いなく「運が悪くなる生き方」をしています。これは話すと長くなるので、また別の機会に書きます。(ただ、私は間違いなく「運がいい人間だ」とつくづく思います)

 

 

ここで、やっと冒頭の話に戻ります。

 

 

掃除をしても儲かりません。

 

 

そこには因果関係はありません。但し、相関関係は間違いなくあるので、掃除をすること自体は全く悪くないです。寧ろ、掃除はした方がいい。でも、掃除ちゃんとしてるし、元気に挨拶もしてるのに儲からないな、なんて思ってしまったら、その発想自体が問題なので、その発想を変えた方が儲かります。

 

だから、起業家として儲けたかったら、事業を成長させたかったら、キャッチ―な因果関係に見せかけた相関関係に惑わされずに、あなたの成功パターンをあなたが作り出して行くしかないのです。

 

21世紀の今、風が吹いても桶屋は儲からないのですから。

 

 

 

P.S. 正しいマーケティングは、自らの手で因果関係を作り出していく一つの方法です。Aという方法を使ったらBという結果が出た。もう一度Aの方法でBの結果を出せれば、それは再現性のあるマーケティング手法となっていきます。

 

そして、さらにAを改善してA’という手法でB’という結果を生み出せるのであれば、それはもうあなただけのモノとして必勝パターンが確立されていきます。

 

だから、私はクライアントに「成功事例のコピペ」はしません。他の人と置かれた状況の違うあなたにとって必要な最適解は、あなたと作っていくしかないのですから。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。